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| マーロン・ブランドをはじめ、ハリウッドの有名な俳優がこぞって欲しがるHIROYAの絵。とくにシンプルな線で描いたウサギは、彼のトレードマークになっている。この絵を持つとラッキーになるといった評判が縁起を担ぐ俳優やミュージシャンの間に口コミで広がった。順番待ちになるほどの注文が殺到している。アーテイストや美術館だけでなく、ホテル、ヘアーサロン、レストランなど彼のウサギの絵を持つ店だけでマンハッタンに70店。ヨーロッパにもコレクターがいると聞いた。 |
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HIROYAさんの人柄か、大きな出会いを生み出し、仕事に結び付いてきた。アート・フェスティバルで、モダンアートの大家、ラモンズ・ディディが彼と一緒に同じキャンバスに絵を描いてくれたこともある。それが話題になり、マスコミが取り上げる。そしてHIROYAの名前が広がっていった。
映画監督スパイク・リーともパーティーで知り合った。「キング・オブ・NY-パート2」のアートディレクターを手がけた。台本のビジアル化からセットの創作までアートのセンスが生かされる仕事だ。これもラッキーな出会いが仕事に結びつきHIROYAの名を映画界にも高めた。「成功の秘訣は人との出会い。ラッキーな出会いを生かして何かを作りだしていくことも重要です」。 |
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湘南で生まれたHIROYAさんがアートを夢見て、日本を飛び出したのは18歳の春。1980年代、アートの中心はパリだった。だからパリを目指した。この地でグラフィディ・アートのパイオニアとして、「スキィ、ジェイ、ヒロの3人で、壁にガンガン描いていました」とHIROYAさん。
アメリカのアートが面白くなり始めていた頃だったから、ニューヨークに視察に来て、妻マーシャと出会った。ニューヨークに魅せられて1989年に移住した。 |
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| 「日本に留まっていたらたぶん今の自分はないでしょうね。夢があるんなら世界に出てやってみよう。何かやろうという気持ちがあれば出来るんです。そして、やり続ければ夢はかなう。世界で活躍する日本人がもっと出てきて欲しいですよ」。残念ながら日本ではHIROYAの名前はそれほど知られていないかもしれないが、ニューヨークを中心にモダンアートの世界では、ウォホールのファクトリーメンバーの一人として、HIROYAは知れ渡っている。アートの才能と計算されたコーディネイト力、努力を惜しまない情熱と時代を先取りする冷静な目が備わって、世界のトップになる日も近いにちがいない。 |
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