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| 視力喪失という過酷な運命を乗り越え、自分の道をアメリカで見つけた創作舞踊家がいる。ニューヨーク在住5年の橋本真奈さんだ。 |
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何もない舞台に真奈さんが登場すると、そこに華が生じ、イメージの空間が無限に広がる。「Unforgettable Moments of Being」と題された彼女の作品は、社会に拘束されながらも喜びを見出していく女性を表現したものだというが、「古いお城に幽閉されている女性のイメージで、時間の流れを巻き込まれていくことで表し、ミイラのように巻かれた後、内側からの開放、希望を表現したかった」。
視力を失った舞踊家であることなど微塵も感じさせない。真奈さんの作り出すイメージは、日常では捕らえられない不思議な世界にいざなってくれる。ニューヨークタイムズの批評家にも高い評価を得ている。 |
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アメリカで自分の道を見出した真奈さんも日本では、キャピキャピのクラスメイトについていけない短大生だった。英語が得意な真奈さんに知人がアドバイスしてくれたのが、アメリカ留学だった。自分探しの旅が1993年にボストンで始まった。演技を皮切りに、ジャズ・シンガー、ピアノ、作曲、バークリー大学のジャズ・ボーカル科など約4年半で行き詰まった。音楽のバックグランドのない真奈さんには壁が立ちはだかった。そんな時、受講したのがモダンダンスだった。4歳から17歳まで趣味で習い続けていたクラッシック・バレエ、その技術に加え、バレエに向いている感性が備わっていたのだろう。踊りならニューヨークと、5年前にボストンから移ってきた。アルビン・エイリーやマーサ・グラハムなどで、モダンダンスのレッスンを受けて半年。原因不明で、視神経の萎縮が起こり、視野が狭められてしまった。治療方法もわからず、視力を失っていく。「失っていく状態は恐怖でした」。そして1年後、真奈さんは完全に光を失ってしまった。「見えなくなったら、何も失うものがないから反って前向きに考えられるようになりました」。視力を喪失して、それを乗り越えたとき、真奈さんのイメージが膨らみ、独自の世界を作り出した。 |
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| 2001年5月、松田孝子さんと鹿野苗子さんの3人で、ダンス・カンパニーを立ち上げた。「1人ではなかなか公演も出来にくいけれど、3人寄れば文殊の知恵で、お互いがそれぞれ伸びていける」。見えない真奈さんは触りながら振り付け、動きをとらえていく。「創作していくプロセスが好きなんです」。当面の課題は、経済的な自立だが、採算はまだ取れていない。 3人で名付けたカンパニー名“Treaders in the Snow”は、真っ白い雪の上に、つく足跡の意、その名のように新しいダンスを作りだし、ニューヨークに足音を残して欲しい。 「日本でもどんどん活動を広げていきたい」。5月には神戸で開催されるダンスシリーズに参加する。真奈さんは今輝いている。 |
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