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| ニューヨーク・ウィルアムバーグ・アンサンブルの巨匠ゲリー・イーストマン(ギタリスト)が率いるバンドのジャズ・ピアニスト、それが後藤小百合さんだ。ジャズの本場アメリカで、日本人女性がそのポジションを確保するのは並大抵ではない。4歳でピアノを始めた小百合さんが単身米国留学し、才能を開花させた。バンドの演奏活動で全米を飛び回る、その合間にマンハッタンにあるミュージアム・オブ・アメリカン・ピアノでジャズピアノを教え、ソロ演奏活動も精力的に行っている。 |
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音楽専門誌のジャズ・レビューによれば、「ジャズの殿堂入りした秋吉敏子を思い出させるような演奏」と評されている。それから3年、後藤小百合さんのジャズはさらに磨きがかかり、イーストマン・バンドの演奏活動のほかにもサクスホーンのジョー・フォード、トロンボーンのベニー・バウエルなどジャズの演奏家と共演する機会に恵まれている。 |
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| 小百合さんがニューヨーク留学を思い立ったのは、福岡女子短期大学音楽科を卒業後、ヤマハ九州支店で、新商品の楽器を演奏してプローモーションする仕事をしているときだった。4歳でクラッシック・ピアノを始めた小百合さんは短大では声楽を学び、音楽で生計を立てる夢は実現したものの、新商品を売るための演奏だから選曲は限られてしまう。やりたい音楽が出来ない、それがわかった段階で、アメリカ留学を考えた。当時、小百合さんはジャズに惹かれていた。ジャズの育った本場で学びたいと、ニューヨークを選び、1997年に渡米した。マンハッタン・スクール・オブ・ミュージック、ニュースクールでジャズ・ピアノを学んだ。 |
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ジャズはまさにアメリカで生まれた音楽で、黄金時代は1940から60年代だが、その時代を築き上げたミュージシャンがまだ現存しているのもニューヨークだ。「ジャズの殿堂に入っているミュージシャンたちと演奏したり、その演奏を生で聞けるし勉強できる、私にとってニューヨークは特別な場所です」。数あるコンサート会場で、演奏家とコネクションが出来たり、演奏活動のきっかけが生まれることもある。小百合さんもジャムセッションで、バンドのミュージシャンと知り合った。
「ジャズは即興ですから、自分が作曲をして、演奏もして、楽譜を採譜し、アレンジもして、総合力が必要です。ジャズは耳の感覚を鍛えていかないといけない。演奏しているときだけでなく、24時間音楽が頭にあります。それには生活環境、ジャズにどっぷりつかれる環境も大事です」。
苦痛ではなく、ピアノを弾くという瞬間芸にかける、不思議な楽しさ、心地よさが彼女を包む。 |
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| 「表現手段としてピアノを選んだけれど、アートは何をやっても内面、つまり自分の人間性が出てくる。ピアノを弾くための音楽の勉強も大切だけど、それと同時にもっと大切なのは、音楽を通して自分の内面を磨いていくこと、それが表現する音楽の幅を広げることになると思いますね」。 |
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