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Index
#01 写真家
風間 トシさん
#02 ピアニスト
鳥養 潮さん
#03 彫刻家 
平塚 ケンさん
#04 シュー・デザイナー
東・たか子さん
#05 画家
HIROYAさん
#06 ブライダル・オートクチュール・デザイナー
吉岡 順子さん
#07 創作舞踊家
橋本 真奈さん
#08 フィナンシャルプランナー
江波戸 操吉さん
#09 ブロードウェイ女優
玉置 康子さん
#10 ニューヨーク州弁護士
山本 貴子さん
#11 ジャズピアニスト
後藤 小百合さん
#12 イラストレーター
橋本 純一さん
  イラストレーター橋本 純一さん
米国ディスプレイでイラストレーターとして活躍するJUN HASHIMOTOさんは、要望に応じたタッチの絵を書きこなす。日本のことわざを紹介する本のイラストを担当し、すでに2冊出版した。本のカバーから広告のイラストや建築の完成予想図、ポスターなどJUNさんの仕事は広範囲にわたる。そのJUNさんでも渡米当初、英語には悪戦苦闘、同じ思いで英語と格闘した人に出会えて、親しみを感じた。
写真 超売れっ子のイラストレーターだったJUNさんがニューヨーク行きを思い立ったのは、2年間ほど海外で研修をかねて充電したかった。そして密かに純粋絵画をやりたいという思いもあった。岩手大学の特設美術科とセツモードセミナーを卒業、基礎をしっかり学び、技術面では確かな自信を持っていた。「イラストレーターは仮の姿で、ファイン・アートは崇高だから、いずれ足を洗って、絵画に専心したい」。30歳の誕生日の翌日、1979年に渡米。時間制限なしで、アトリエにこもり、いざ純粋絵画を始めてみたが、イラストレーターの習性で、テーマが与えられないとアイディアが浮かばず、途方にくれてしまう。「せっかちな性格で、作品を追求する忍耐力が不足していて、確かな目的と時間の中で実力が試されるコマーシャル・アートに向いていると気付きました」。
渡米1年、ツテで紹介されたディスプレイの仕事、打ち合わせは、もちろん英語。必死でメモを取るJUNさんに、イタリア系のアートディレクターが「JUN、英語が出来なくても、がっかりするな。移住してきた頃の俺は、お前よりずっとひどかった。でも今では人の上に立って仕事している。俺に出来たんだから、お前もやれるよ」。めげそうになるJUNさんをこの一言が救ってくれた。気持ちの上で吹っ切れたJUNさんは、一念発起、いくつかの英語学校に通った。仕事に対する競争はアメリカの方が厳しいけれど、実力さえあれば、人種、性別、年齢に関係なく公正に評価してくれる。充電期間の2年間が過ぎた頃には、ディスプレイ業界で必要なイラストレーターになっていた。友達も増えた。その一人現在ミシシッピ大学で英文学を教えるディビット・ゲイリフさんと共同で、2冊の本「Even a Stone Buddha Can Talk」(石仏も物を言う)、「Even Monkeys Fall From Treesモ and Other Japanese Proverbs」(サルも木から落ちるとほかの日本のことわざ)を出版。様々な仕事を手がけてきたJUNさんを支えているのは、「やりたいことは思い立った時に可能な限りの努力をして準備し、実現に向けて挑戦していく」。
写真
JUNさんの成功も並外れた才能と絶え間なく磨き続けた努力の成果が結びついたものだ。かつてセツモードセミナーのクラスで、「技術的にはうまいけどダメな絵」と評価された青年は、異文化体験を経て「技術的にもハートの面でもうまい」と評価されるイラストレーターになった。常に挑戦していく姿勢はニューヨークで生活する必須条件かもしれない。腕前はセミプロ級のゴルフにたとえて「OBの次はHole In Oneがくる」と信じて、JUNさんの挑戦は続く。

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